
英文契約書の書式について
奇妙なキャプションですが、今回は英文契約書の書式について考えてみたいと思います。
実は、この「書式」という表現が正しいのか否かはわからないのですが、筆者の貧困な語彙の中では、これ以上の適切な表現が見当たらなかったのでが、「願書の書式」という表現もあるので、こちらを使うことにします。
英文の契約書をご覧になられた方もいらっしゃると思いますが、条文の数も多く、ものすごくページ数の多いものであると感じたのではないでしょうか。
他方で、日本語で書かれた契約書は2~3ページに収まるものも少なくないように感じます。
なぜこのような違いがあるのでしょうか。
それは、大陸法(Civil Law)に基づくものとコモンロー(Common Law)に基づくもの違いといわれています。
英文契約書のサンプルとして、英国のものや米国のものをよく見ます。
これらの契約書は、英米の慣習や法体系をベースに作成されたものです。
つまり、コモンローに基づいているのです。
ちなみに、国際取引で使われる英文契約は、そのほとんどが、コモンローも基づいた形式で作られています。
コモンローは、判例を法体系の中心に置いているといわれ、契約書において規定する内容が多く、その条文数は多い傾向にあります。
そして、「口頭証拠排除原則」により、英文契約書では想定される状況の処理方法を網羅的に記載する必要があるのです。なお、口頭証拠排除原則については、第2章でよく確認していきます。
一方、日本語による契約は、条文数が少ない傾向にあり、これが大陸法によることは、先の述べた通りです。
大日本帝国憲法はドイツのワイマール憲法を参考にして作られたのですが、憲法だけではなく、近代化を目指す一環で、民法や商法、刑法など様々な法律を同様に作っていきました。
なお、大日本帝国憲法は、ドイツを参照して作られたのですが、その前の試作の段階には、フランスのものも参照していたようです。
このドイツやフランス等のヨーロッパ大陸諸国で発展した法体系は、大陸法と言われており、これは成文法を法体系の中心に置きます。
契約書に明示していない箇所については、法律の条文が適用されるため、記載内容を省略しても、ある程度は契約当事者同士で共通認識を持てるといえます。
従い、条文数は少なくても何とかなるのでしょう。
ちなみに、日本法は大陸法と言われてはおりますが、第2次世界大戦後、特に契約実務の分野では、経済モデルなどがアメリカを模倣してきた経緯もあり、アメリカ法の影響を強く受けるようになっています。
英文契約書の特徴を理解するには、口頭証拠排除原則を理解する必要があります。
口頭証拠排除原則(Parol Evidence Rule)とは、コモンローの契約に適用されるルールで、契約書が作成された場合には、契約書に記載された事項が唯一の証拠となるものであり、契約書の内容と矛盾する内容や、契約書の締結過程における口頭での合意事項については証拠として採用されないという原則です。
これには、契約締結過程における口頭の証拠を排除するという内容と、契約書に記載のない契約締結過程の合意は一切効力を有しないという内容の両方を含んでいます。
そして、口頭証拠排除原則(Parol Evidence Rule)が適用される結果として、契約の解釈においては、契約書記載の文言をできるだけ忠実に解釈しなければならないのです。
日本の契約書の解釈においては、契約の締結における背景事情や契約締結過程における協議内容が契約文言の。解釈の際に参考にされることが多くあります。
これに対し、口頭証拠排除原則(Parol Evidence Rule)が適用される英文契約書の場合には、契約締結過程における合意などは斟酌されず、契約書に書かれた事項のみが解釈の指針とされるということになります。その意味で、英文契約書は網羅的に記載され、条文も多くなる傾向にあるわけです。
また、英文契約書の記載内容は極めて重要な意味を有することになりますので、契約書の作成に際しては、その内容をしっかりと確認することが必要となります。
次に、英文契約の書式を理解するために、基本的な構成要素を見ていきましょう。
英文契約書の基本的な構成要素は以下の通りです。
① 表題(Titlle)
契約書の内容を端的に表すタイトルを付けます。例えば、「業務委託契約書(Service Agreement)」「秘密保持契約書(Non-Disclosure Agreement)」「不動産売買契約書(Real Estate Purchase and Sale Agreement)」などです。これは、日本文の契約書でも同様ですね。
② 前文(Whereas Clause)
契約当事者の会社名称(氏名)や契約発効日、契約を作成するに至った経緯(約因)など、契約の基本情報を簡潔に記載します。
③ 定義条項(Definitions)
契約書内で繰り返し使用される重要な用語の定義を記載します。当事者間で解釈が分かれないように、用語の意味内容を明確化します。
第1条に置かれることが多いですが、別紙(Annex)に置かれることもあります。また、Letter of Intent(LOI)などのレター形式の契約書や付合いの長い取引先の場合は、定義条項を省き、本文のなかで用語を定義することもあります。
④ 本体条項(Operative Part)
契約の主要部分で、当事者間の取引条件などの契約主要内容を具体的に規定します。自社と相手方の権利義務関係を漏れなく記載することが重要です。
⑤ 一般条項(General Provisions/Miscellaneous)
準拠法や合意管轄など、多くの契約書で共通に使われる条項を記載します。
⑥ 末尾文言(Ending)
合意を確認したことを示す定型句を記載します。
⑦ 署名欄(Signature Block)
契約署名日を明記し、各当事者が署名するための欄を設けます。
⑧ (必要に応じて)別紙・付属書類(Annex/Schedule)
英文契約書では、本文で参照する詳細な情報を記載した別紙(Annex/Schedule)を、署名欄の後に添付することが多くあります。
以上が、英文契約書の基本的な構成要素です。
内容に応じてアレンジをする必要がありますが、これらの要素を押さえることは、適切な英文契約書を理解する際のポイントとなります。
最後に、英文契約に特有といえる条項を見ていきましょう。
① 完全合意条項
英文契約書の場合は、完全合意条項(Entire Agreement)が定められることが多くあります。これは契約書に記載された事項が当事者の合意の全てであり、契約書に記載されていない事項は効力を有しないということを定めるものです。完全合意条項は、第2章でみた口頭証拠排除原則(Parol Evidence Rule)を表すものです。
なお、最近は英文契約書の影響を受け、日本文の契約書でも完全合意条項を見ることが多くなりました。
② 修正条項(Modification)
修正条項(Modification)は、両当事者間により書面で合意されたものによってのみ、契約内容が修正されるというものです。
口頭証拠排除原則(Parol Evidence Rule)の派生的な内容として、書面により合意された場合を除き、契約書の内容は修正されないというものがあります。完全合意条項(Entire Agreement)が契約締結過程における合意について問題としているのに対し、修正条項(Modification)は、契約が完成された後のことを定めています。
③ 分離可能性条項(Severability)
分離可能性条項(Severability)とは、例えば、契約書中のある条項が、適用される法律に違反するなどの理由により無効とされたり、執行できないと判断された場合であっても、その契約書に規定される他の条項の有効性や執行可能性について、何ら影響を与えるものではないということを規定するものです。
この分離可能性条項は、あまり日本の企業間の契約書においては入っている事例は多くないですが、国際的な取引の場合には、ほぼ定められています。
それは、日本国内の契約であれば、その殆どは日本法が適用されますので、無効または執行不能な規定が含まれている契約書が使用されることが少なく、また、法改正された場合にも把握が容易なためです。
一方、国際取引の場合には、相手国の法律が準拠法とされ、適用されることもあり、また準拠法を日本法としておいても、条文の内容によっては、相手方企業の国の法律が強制的に適用される場合もあり得ます。
そのため、いずれかの条文が予期せず無効であるとか、執行不能とされるリスクが、日本国内の取引と比して、格段に高いこととなります。また、締結当時は有効、執行可能であったとしても、法律が改正されて、無効となったり執行不能となったりする場合もあり、この場合も国内の場合と比して把握が困難です。
従い、分離可能性条項は必須といっても良いのです。
④ 権利不放棄条項(No Waiver)
権利の不放棄条項(No Waiver)とは、契約書に規定される権利について、その権利を行使できることを知りながら、一定期間行使しないような場合があったとしても、その権利を放棄したものとはみなされないという内容を定めるものです。
例えば、支払い期限が翌月末であったにもかかわらず、毎月1か月程度遅延して支払っていたところ、相手方がずっと何も言わなかったような事例を想定します。
支払い遅延をずっと続けた1年後に、全ての支払遅延について遅延利息を請求された場合、支払い義務者としては、ずっと文句を言わなかったから、翌月末に支払いを受ける権利や、遅延利息を請求する権利を放棄したものだと思っていたと主張するかもしれません。
権利の放棄は、書面に口頭だけではなく、黙示の放棄(書面や口頭で放棄することを明示した場合以外の放棄)もあり得るもので、その場合、当事者の行動から放棄していたかが認定されるためです。
一方、支払いを受ける側としては、忙しくて督促していなかったからといって直ちに権利放棄とみなされるべきではないと主張したい場合もあるでしょう。
この条項は、一定期間権利行使をしなかったとしても、権利放棄とみなされないということで、権利を保有する当事者の立場を守る規定なのです。
もっとも、この条項がそのまま適用されるかはケースバイケースです。しかし、記載していた方が主張をする余地は生まれることになります。
⑤ 通知条項(Notice)
通知条項(Notice)は、契約当事者の実務担当者の名前、住所、電話番号、電子メールアドレスなどを記載するものです。
例えば、相手方に債務不履行があって解除したいような場合、適切に「一定期間内に債務を履行してください。」というような督促を送り、その後督促しても債務不履行状態が治癒されないので解除します。」と正式な通知を送付する必要がありますが、特に契約期間が長くなった場合など、相手方担当者が退職したり、代表者が交替したり、相手方の本店所在地が変わったり、支店ができ、その支店が取引担当となったりなど、どこに正式な通知を送ることが有効であるか判断できないような場合もあり得ます。
このような場合に備えて、通知条項を記載しておき、相手方から変更の連絡がない限りは当該通知先に送付すれば正式な通知が可能としておくための規定となります。
国内の当事者間の場合と比して、本店所在地や担当者の変更などの通知が滞る場合も多いですので、特に海外との取引の場合は必要な場合が多いと言えます。
⑥ 準拠法条項(Governing Law)
準拠法条項(Governing Law)とは、その契約の法的解釈をする場合に、どの国の法律に準拠するかについて取り決める条項です。
準拠法をどの国の法律とするかは、国際間における契約交渉で、主張が対立しやすい条項のひとつです。当事者双方が自分の国の法を準拠法とすることを主張するケースが多く見られます。どうしても当事者いずれかの国の法を準拠法とするとの合意ができない場合、妥協案として第三国の法律を準拠法として選択することもあります。
⑦ 言語条項(Language)
契約書の正文は、何語でできているものにするかを規定するものです。英文の契約書では、「本契約は英文を正文とし、他言語に訳されたものはその効力を有しない。」などと書かれます。
しかし、これがそのまま適用できないこともあります。例えば中華人民共和国では、英文とともに中文も正文としなければいけないようです。
以上、①英文契約と日本の契約の違い、②口頭証拠排除原則、③英文契約書の基本的な構成要素、④英文契約書に特有の条項のそれぞれを確認することで、英文契約書の書式について考えてみました。
いかがだったでしょうか。
日本法に基づく契約書と、英文契約書の書式の違いは、その根拠とする法体系の違いによるものでものでした。
また、コモンローに基づく英文契約書には、口頭証拠排除原則(Parol Evidence Rule)が適用されるため、あらゆる場面を想定して、細かく具体的に記載する必要があり、条文の数が多くなるほか、英文契約に特有な条項も置く必要がありました。
英文契約書を読む際の参考にしてみてください。
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