生前贈与でスムーズな相続
近年では、生前贈与を考える人が増えているようです。
その要因としては、2015年から相続税の基礎控除額が大幅に引き下げられたことや、自分の思い通りに自分の財産を家族などに分与したいと考える人が増えていることが考えられます。
たしかに、生前贈与を上手に利用すれば、将来の相続税の負担を軽減することもできますし、自分が元気なうちに、自分の希望する内容・方法で、自分の財産を(将来の)相続人などに分け与えることができます。
しかし、正しい知識を持たずに、生前贈与を行ってしまうと、相続税の節税としての効果が全くないことや、家族間のトラブルの原因となってしまうことがあります。
そこで、今回は、生前贈与を行う際に、検討すべきポイントなどについて解説します。専門家に相談されるなどの際に、ご利用ください。
生前贈与は贈与契約のひとつの形態に過ぎませんので、その要件も通常の贈与の場合と同様です。
したがって、財産を与える者と与えられる者との間で「贈与についての合意」があれば生前贈与は行えます。
贈与は、口頭の意思表示のみ(いわゆる口約束)で行っても問題はありません。贈与契約には要式は不要だからです。
しかし、不動産や多額の金銭の贈与の際には、後のトラブルを予防するためにも、贈与の内容が明確に示された契約書を作成しておいた方がよいでしょう。
生前贈与を行うときには、次の2つの方法のいずれかが採用されることが一般的です。
暦年贈与は、最もよく知られた生前贈与の方法といえるでしょう。
暦年贈与とは、簡単にいえば、毎年(1月1日から12月31日までの期間)ごとの贈与のことです。
法律上、年間110万円までの暦年贈与は贈与税の申告対象外となります。
そのため、暦年贈与を繰り返せば、相続開始時の相続財産を目減りさせることができるため、相続税の節税となります。
なお、この暦年贈与は廃止の動きがあります。もっとも、2022年度の税制改正では、暦年贈与の廃止は見送りになりました。
また、2022年12月16日に発表された「令和5年度 税制改正大綱」によって、相続財産の課税対象となる生前贈与の期間が「死亡前3年」から「死亡前7年」になることが決定しました。
改正後、亡くなる前の3年間に贈与された財産への課税はこれまでと同じですが、追加で4年間(亡くなる7年前から)贈与された分の全体から100万円を差し引いた金額を相続財産に含めて計算するという制度になりました。
今回の改正で課税対象となる生前贈与が廃止ではなく「死亡7年前」と長くなったので、暦年贈与による節税の効果が薄れる形になってしまいました。
ドイツは10年、フランスは15年、アメリカは生前贈与すべてが対象なので、我が国ももっと節税効果が薄くなっていくのではないでしょうか。
もうひとつの生前贈与の方法は、「相続時精算課税制度」を利用する方法です。
相続時精算課税制度は、60歳以上の父母や祖父母から20歳以上の子や孫に贈与する際に利用することのできる贈与の方法です。
「相続時精算課税制度」を利用したときには、贈与税に関して2,500万円の大きな非課税枠がありますが、相続時には生前贈与の分を含めて相続税を計算します。
つまり、実質的には納税するタイミングの先送りの制度にすぎません。
そのため、不動産などの高額な資産を(一度に)生前贈与するような場合に用いられることの多い方法といえます。
相続時精算課税制度を利用したときには、贈与時の評価額に基づいて金額が確定された税金を(贈与時ではなく)相続時に支払う(精算する)ことになります。
つまり、贈与後にその相続財産の評価額が値上がりしたような場合には、節税効果が生じることになるのです。
なお、相続時精算課税制度は、「年間110万円の基礎控除」が加わったことで利用しやすくなりました。
2024年1月1日以降、相続時精算課税制度を選択した人は年間110万円までなら贈与税も相続税もかかりませんし、贈与税の申告もいらなくなりました。
相続時精算課税制度を選んだら暦年課税制度は使えませんが、相続時精算課税制度の控除が特別控除(総額2,500万円)と基礎控除(年間110万円)の2つになります。
ご高齢の方がお子さんに税金がかからない範囲で少しでも早く財産を移したいのであれば、年間110万円以下の贈与なら贈与税はかかりません。
将来、高額な資産になると予想される資産を移す場合も同じです。
相続時精算課税制度を選ぶことで生前贈与による節税効果が薄れますが、メリットを感じる方が多いので利用されやすくなるでしょう。
そもそも生前贈与とは、財産の所有者が、自分の存命中に他者に財産を譲る(贈与する)ことをいいます。
自分の財産を他人に譲ることは、そもそも自由なことなので、その意味では、「生前贈与」という正式な法律上の制度があるというわけではなく、法律の上では通常の贈与と違いはありません。
2、生前贈与を行う前に専門家の助言を受けたほうが賢明
生前贈与は、上手に行えば相続税を節税する方法として非常に有効です。
また、自分の存命中に自分の意思どおりの財産分与ができることで満足感を得られますし、贈与を受ける側にとっても、将来いつ発生するかわからない相続よりも、計画的な生前贈与で財産の分与を受けた方がメリットの大きい場合もあるでしょう。
しかし、生前贈与はやり方を間違えれば、節税効果が全く生じないどころか、贈与税の申告が必要となり税金の負担が余計に増えることもあります。
また、生前贈与を行ったために、親族間に感情的なしこりが残り、後にさまざまなトラブルの引き金となる可能性もあります。
そのため、生前贈与を行う際には、実際に贈与をしてしまう前に、専門家に相談しておいた方が良いでしょう。
(1)節税対策として有効性|生前贈与の方法は適切か?
生前贈与が行われるほとんどのケースは、「相続税の節税」が目的です。
しかし、生前贈与はやり方を間違えると、節税効果が全くなくなってしまいます。
生前贈与を行う際には、事前に次の点について専門家からアドバイスをもらっておいた方が安心・確実といえるでしょう。
- 暦年贈与を行う際に相談・確認しておくべきこと
110万円までの贈与が贈与税申告の対象外となることは、さまざまな情報で知っている人も多いと思われます。
しかし、推定相続人などの家族にお金をあげただけという場合には、暦年贈与として認められない場合もあるので注意する必要があります。
たとえば、親が子の通帳・キャッシュカードなどを預かって「子にお金をあげて(贈与して)いることにする」といった方法をとった場合には、その口座のお金は「子のものではなく親のもの」と評価される可能性があります。口座の名義が異なったとしても、実際の管理処分の権限は親に残されたままだからです。
また、毎年決まった時期に決まった金額ずつを贈与していたような場合には、「最初からまとまった金額(110万円以上)を譲り渡すことを内容とした贈与」であると評価されて、贈与税の課税対象となる場合があります(連年贈与)。
以上のように、暦年贈与は「簡単にできそう」に感じている人も多いかもしれませんが、実際には「勘違い、思い込み」が原因で節税(生前贈与)に失敗してしまうことも珍しくありません。
税金の実務について専門的な知識のない人が暦年贈与による生前贈与をするときには、贈与を否定されたり、通年贈与と評価されないために、専門家から必要な助言を得ておいた方がよいでしょう。
以下のリンクは国税庁の贈与税がかかるケースについてのページになります。
【参考】贈与税がかかる場合(国税庁ウェブサイト)
②相続時精算課税制度を利用するときに確認しておくべきこと
相続時精算課税制度は、暦年贈与と比べてかなり手間がかかり複雑な手続きです。
また、必ず節税効果があるとは言えない方法です。
たとえば、親が子に自宅不動産を生前贈与した後に、地価が大幅に下落した場合、相続時精算課税ではなく、通常の方法で相続して相続税を支払った方が税負担は軽くなります。相続時精算課税制度は、贈与のあった時点の評価額を基準に課税額が決定する制度(贈与税の支払いを相続税の支払いの際にまとめて精算する制度)だからです。
また、相続時精算課税制度を選択した際には、その後の贈与は金額の大小を問わず税務署に申告する必要が生じます。
その意味で、手続き的な負担も小さくありませんから、専門家の助言を参考にしながらメリット・デメリットをよく検討した上で、実施の有無を決めた方がよいでしょう。
③節税をしても意味がない場合
生前贈与を節税目的で行おうとするときには、「節税の効果がどのくらいあるか」ということを事前にきちんと見積もることが大切です。
2015年に相続税の基礎控除額が引き下げられたとはいえ、相続財産が自宅不動産と多少の預貯金しかないような平均的な相続のケースでは、そもそも相続税が発生しないケースが少なくありません。
たとえば、自宅不動産は、売却価格となる実勢価格とは別の課税基準で評価されますから、相続財産の大部分が自宅(評価額)という場合には、相続財産が基礎控除額の範囲内に収まっている(相続税が非課税)ケースも多いわけです。
「税金を少しでも減らしたい」という気持ちが先にたって、不要な生前贈与を行って逆に贈与税を支払わなければならなくなってしまえば、本末転倒になってしまいます。
(2)相続争いの原因となる可能性も
生前贈与は、税金面でトラブルになる可能性があるだけでなく、親族間での(相続)トラブルの原因となる場合があります。
特に、相続人が複数いるケースでは、生前贈与を行うことで、相続人同士の公平を害さないように配慮しなくてはなりません。
たとえば、AとBの2人の(推定)相続人がいるときに、Aだけに生前贈与で財産分与をしたり、AでもBでもないC(孫、未認知の子、内縁者など)に生前贈与を行えば、利害関係人の間に心情的なしこりが残ることがあります。
また、特定の相続人のみに、暦年贈与を長年続けた場合には、他の相続人に保証されている遺留分を侵害してしまう可能性もあります。
遺留分の侵害があるときには、遺留分を侵害された相続人など(遺留分権者)は、他の相続人に対して侵害分の金銭請求をすることができるため、法的な金銭トラブルに発展する可能性が生じてしまいます。
<まとめ>
生前贈与は、一般の人が思っているよりも、複雑な手続きが必要となる場合が少なくありません。
また、生前相続の節税効果が予想よりも大きくなかった(ほとんどなかった)ということも珍しくありません。
その他方で、生前贈与は片手間でできるような簡単なことではないので、その効果とリスク・デメリットを正確に把握してから実施の可否を決めることが大切といえます。