認知症の方の契約締結について
その契約の当事者となる方が認知症であったら…
悩みますよね。
このような場合に、どの様に対応したらよいのかを、法律の原則から考えてみましょう。
人が契約締結などの法律行為を有効に行うには、自分の行為の結果を判断できる判断能力が必要となりますが、この判断能力は法学上では意思能力と呼ばれています。
意思能力とは、自分の行為の結果を正しく認識し、これに基づいて正しく意思決定をする精神能力のことです。
なお、意思能力を欠く人が行った法律行為は、無効とされています。(民法第3条の2)
それでは、認知症の方は、意思能力があると言えるのでしょうか?
意思能力の有無については、学説において、財産行為では7歳くらいが、身分行為ではその人生に及ぼす影響の重大性に鑑み15歳が基準とされています。(「新版注釈民法盧」高梨公之246頁)
また、意思能力の有無の基準は、画一的・形式的なものではなく、プラモデルを買う売買契約の意思表示と親から相続した土地に抵当権を設定する意思表示とはレベルが違うとされています。(「民法Ⅰ」内田貢103頁)
判例のうち意思能力が争点となったものについては、意思能力を認めたもの、意思能力を認めなかったものと案件ごとに判断が分かれています。
この点については、次のような同時に2つの判断を示した裁判例があります。
意思能力の有無は、問題となる個々の法律行為ごとにその難易、重大性なども考慮して、行為の結果を正しく認識できていたかどうかということを中心に判断されるべきところ、社会通念上、自己の利益を守るための弁護士への訴訟委任契約の意味を理解することは、自己がそれ相当の経済的な負担を伴う本件各連帯保証契約及び本件根抵当権設定契約2の意味を理解することよりも容易であると解され、・・・・訴訟能力を有していたと認められるが、このことをもって、本件各連帯保証契約及び本件根抵当権設定契約2の締結についても、その効果意思を有していたとすることはできない。(平成17年9月29日東京地裁判決・判例タイムズ1203号173頁) |
「問題となる個々の法律行為ごとにその難易、重大性なども考慮して、行為の結果を正しく認識できていたかどうかということを中心に」意思能力の有無が判断されるのであるならば、契約が無効とされる可能性があり、契約締結は難しそうです。
実際、判断能力の不十分な方との取引は、意思無能力を理由に無効とされてしまう可能性があるので、不動産のような高額な売買契約の場合、安定性のリスクを恐れて買い手がつきづらいのです。
それでは、契約締結の事実について争いがなくなるようにする対策はあるのでしょうか。
じつは、認知症でも取引の安定性を図るための法制度があります。
認知症になった後にできる対策として、「法定後見人制度」があり、認知症発症前にできる対策として「任意後見人制度」や「家族信託」などがあります。
それでは、「法定後見人制度」、「任意後見人制度」、「家族信託」のそれぞれについて見ていきましょう。
法定後見制度は、認知症、知的障がい、精神障がいなどによって判断能力が不十分な方に対して、本人の権利を法律的に支援、保護するための制度で、判断能力の程度の重い順によって「後見人」「保佐人」「補助人」の3つがあり、家庭裁判所へのこれらのうちいずれかの申立てにより選任されます。
後見人 | 判断能力なし | 代理権:あり 同意権:なし 取消権:あり |
保佐人 | 判断能力が著しく不十分 | 代理権:家庭裁判所が付与した範囲 同意権:民法13条第1項に挙げられた行為。また、裁判所の審判により民法13条第1項に挙げられた行為以外の行為についても同意権を付与することが可能。 取消権:民法13条第1項に挙げられた行為についてあり |
補助人 | 判断能力が不十分 | 代理権:家庭裁判所が付与した範囲であり 同意権:民法13条第1項のうち家庭裁判所が認めた行為についてあり 取消権:民法13条第1項のうち家庭裁判所が認めた行為についてあり |
基本的には、誰でも後見人・保佐人・補助人となることは可能です。
ただし、以下いずれかに該当すると、後見を受ける人の財産管理などを行うにふさわしくない人となり、後見人になることはできません。
- 未成年者
- 家庭裁判所で免ぜられた(職務を解任された)法定代理人、保佐人又は補助人
- 破産者
- 被後見人に対して訴訟をし、又はした者並びにその配偶者及び直系血族
- 行方の知れない者
法定後見人候補者は、後見の申し立て時に提示することができます。裁判所が、専門家を推奨する場合が多いですが、提示された家族が就任することもあります。
しかし、誰が適切かについて親族の間で争いがある場合等には、弁護士や社会福祉士などの専門家が選ばれます。
任意後見制度は、将来判断能力が不十分になったときに備えるための制度です。
本人が十分な判断能力を有する時に、あらかじめ、任意後見人となる方や将来その方に委任する事務の内容を公正証書による契約で定めておき、本人の判断能力が不十分になった後に、任意後見人が委任された事務を本人に代わって行う制度です。
誰を任意後見人とするかは本人が自由に選べますが、「後見人の要件」で挙げた人や「本人に対して訴訟をし、又はした者及びその配偶者並びに直系血族」「不正な行為、著しい不行跡その他任意後見人の任務に適しない事由がある者」は任意後見人にはなれません。(任意後見契約に関する法律第4条第1項第3号)
なお、任意後見人契約は公正証書によってすることとされており、公証人が任意後見契約がなされたことを登記します。(任意後見契約に関する法律第3条)
その後、本人が認知症を発症したなどで判断能力が低下してきたら、本人や配偶者などによる「任意後見監督人の選任申立て」を家庭裁判所に申立て、家庭裁判所が任意後見監督人を選任すると任意後見契約が効力を生じ、後見が開始されます。
任意後見監督人は、任意後見人が任意後見契約の内容どおり、適正に仕事をしているかを、任意後見人から財産目録などを提出させるなどして監督します。また、本人と任意後見人の利益が相反する法律行為を行うときに、任意後見監督人が本人を代理します。任意後見監督人はその事務について家庭裁判所に報告するなどして、家庭裁判所の監督を受けることになります。
家族信託とは、別のコラムでも取り上げましたが、その多くが信託契約で設定した特定の目的に従って委託者が受託者に自分の資産管理や処分を任せ、受益者が信託から発生する利益を受けとる制度です。委託者と受託者を同一人物にすることも可能です。
【ご参考】家族信託についてhttps://nagailawoffice.com/%e5%ae%b6%e6%97%8f%e4%bf%a1%e8%a8%97%e3%81%ab%e3%81%a4%e3%81%84%e3%81%a6/
信託契約に従い、委託者の不動産などは登記簿上受託者の所有となり、受託者は善管注意義務などを負って、委託者の財産を管理・処分することになります。
信託契約で不動産を処分する権限を受託者に与えておけば、受託者が目的に従って不動産を売却することができます。
認知症を発症する前に、不動産の所有者が委託者となり、自分の子供などを受託者として上記のような家族信託契約を結んでおけば、不動産の売り主が認知症になったとしても子供が不動産を売却することができるのです。
いかがでしたでしょうか。
認知症の方は、意思無能力を理由に無効とされてしまう可能性があるので、契約締結が難しいことが分かりました。
しかし、認知症といっても症状や程度は様々です。不動産を処分する可能性があり、もし主治医が「今のところ、判断能力に問題はない」としているのであれば、今のうちに家族信託や任意後見などの対策をとるべきかもしれません。
事後よりも事前の場合のほうが、対応の選択肢は多くなります。ご自身の場合に当てはめて検討してみてください。
認知症が進み、判断能力が不十分になってきたのであれば、成年後見制度の利用を検討する必要があるでしょう。
ご不明な点があれば、専門家に相談すると良いと思われます。