商標権の侵害に当たらないもの
他社の商標を使用しているようにみえるものの商標権侵害にあたらないとされる場合があります。
一例をあげれば、自社商品のために他社の商標を表示するのであっても、それが商品の名称、産地、品質、原材料などを普通に表示するのにすぎないのであれば、商標法第26条第1項第2号により商標権侵害にあたらないとされます。
商標法第26条第1項の規定では、「商標権の効力は、次に掲げる商標(他の商標の一部となつているものを含む。)には、及ばない。」とあり、その具体例は次のようになっています。
- 自己の肖像又は自己の氏名若しくは名称若しくは著名な雅号、芸名若しくは筆名若しくはこれらの著名な略称を普通に用いられる方法で表示する商標
- 当該指定商品若しくはこれに類似する商品の普通名称、産地、販売地、品質、原材料、効能、用途、形状、生産若しくは使用の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格又は当該指定商品に類似する役務の普通名称、提供の場所、質、提供の用に供する物、効能、用途、態様、提供の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格を普通に用いられる方法で表示する商標
- 当該指定役務若しくはこれに類似する役務の普通名称、提供の場所、質、提供の用に供する物、効能、用途、態様、提供の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格又は当該指定役務に類似する商品の普通名称、産地、販売地、品質、原材料、効能、用途、形状、生産若しくは使用の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格を普通に用いられる方法で表示する商標
- 当該指定商品若しくは指定役務又はこれらに類似する商品若しくは役務について慣用されている商標
- 商品等が当然に備える特徴のうち政令で定めるもののみからなる商標
- 前各号に掲げるもののほか、需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができる態様により使用されていない商標
商標には「誰が提供する商品・サービスなのか」を識別させる機能(自他商品等識別機能)があるとされており、この機能をもたない方法での表示であれば、他人の商標を使用することにはならないので商標権侵害に問わないというのがこの条文の趣旨です。
さらに、必ずしも商標法26条には該当しなくとも、商標が自他商品等識別機能をもたない態様で表示されているのであれば、「商標的使用にあたらない」とされて商標権侵害が否定されることもありえます。
「タカラ本みりん事件」
商標的使用ではないとの判断をした重要な裁判例として、「タカラ本みりん事件」といわれる東京地裁平成13年1月22日判決があります。
この事件の原告(宝醤油株式会社)は醤油などを対象商品として「タカラ」の商標登録をしており、被告(宝酒造株式会社、以下「宝酒造」)が製造・販売する「煮魚お魚つゆ」「煮物万能だし」「煮物白だし」に「タカラ本みりん入り」を使用していることが商標権侵害にあたるとして、差止請求、損害賠償請求を行いました。
被告・宝酒造側は「タカラ本みりん」の商標登録をしており、問題の「煮魚お魚つゆ」の商品のパッケージの中央には大きく「煮魚お魚つゆ」と表示され、その上部にはやや小さな文字で「クッキングー」「Cookin’Good」といったロゴの表示と「タカラ本みりん入り」という記載があります。
の事件で裁判官は、「被告各標章における『タカラ本みりん入り』の表示部分は、専ら被告商品に『タカラ本みりん』が原料ないし素材として入っていることを示す記述的表示であって、商標として(すなわち自他商品の識別機能を果たす態様で)使用されたものではないというべきである。のみならず、右表示態様は、原材料を普通に用いられる方法で表示する場合(商標法二六条一項二号)に該当するので、本件各商標権の効力は及ばない。」と判断しました。
ただし、「タカラ本みりん入り」が単なる原材料の記載にすぎず商標的使用にあたらないという判決理由には、注意も必要です。
もし、宝酒造ではなく他社が無断で「タカラ本みりん入り」と表示した「煮魚お魚つゆ」を売り出した場合、当然ながら宝酒造の「タカラ本みりん」商標を侵害する可能性も十分考えられます。
つまり、「タカラ本みりん入り」という表示は、表示主体が誰なのかによっては、やはり商標的使用の側面も含んでいることになります。
上記の判決は、原告側の商標よりも被告側の「タカラ本みりん」商標が著名であることや、そうした著名な商標を権利者である宝酒造自身が用いていることを考慮に入れたものと思われます。
「塾なのに家庭教師事件」
上記「タカラ本みりん事件」と同様に商標的使用ではないとの判断をしたもうひとつの重要な裁判例として、「塾なのに家庭教師事件」といわれる東京地裁平成22年11月25日判決があります。
この事件の原告(株式会社名学館)は、指定役務「学習塾における教授」について、登録商標第4684359号「塾なのに家庭教師」を持っており、被告(株式会社東京個別指導学院)が、「塾なのに家庭教師」の標章を付した新聞の折り込み広告の配布や、被告ウェブサイトにて「塾なのに家庭教師、それがTKG」の標章を使用していることが商標権侵害にあたるとして、差止請求、損害賠償請求を行いました。
この事件で裁判官は、「商標が…出所表示機能・出所識別機能を果たす態様で用いられているといえない場合には,形式的には同法2条3項各号に掲げる行為に該当するとしても,当該行為は,商標の「使用」に当たらないと解するのが相当である。」として、
「『塾なのに家庭教師』の語は,造語であって,一般の辞書にその語義や用例は掲載されていないが…『塾であるにもかかわらず家庭教師』のようであることを示す語であると理解することができる。もっとも,…その具体的な態様ないし内容については様々なものを想起し得るといえるから,『塾なのに家庭教師』の語それ自体から直ちに一義的な特定の観念が生じるということはできない。」のであって、
「被告チラシ1に接した学習塾の需要者である生徒及びその保護者においては、被告標章1の『塾なのに家庭教師』の語は、チラシ中央部の集団塾の長所及び短所と家庭教師の長所及び短所を対比した説明文や、チラシ右側の『東京個別指導学院の特徴』の説明文などの他の記載部分と相俟って、学習塾であるにもかかわらず、自分で選んだ講師から家庭教師のような個別指導が受けられるなど、集団塾の長所と家庭教師の長所を組み合わせた学習指導の役務を提供していることを端的に記述した宣伝文句であると認識し、他方で、その役務の出所については、チラシ下部に付された『東京個別指導学院名古屋校』、『東京個別指導学院』又は『関西個別指導学院』の標章及び『TKG』の標章から想起し、『塾なのに家庭教師』の語から想起するものではないものと認められる。そうすると、被告標章1が被告チラシ1において役務の出所表示機能・出所識別機能を果たす態様で用いられているものと認めることはできないから、被告チラシ1における被告標章1の使用は、本来の商標としての使用(商標的使用)に当たらないというべきである。」とし、
「学習塾の業界関係者,生徒及びその保護者の間においては,『東京個別指導学院』の標章は,被告が経営する個別指導方式の学習塾を表示するものとして著名なものとなっており,『TKG』の標章は,『東京個別指導学院』の略称として広く認識され,周知なものとなっていたことに照らすならば,むしろ,需要者は,『東京個別指導学院』や『TKG』の文字に着目して,役務の出所が被告であると認識すると解するのが自然である。
さらに,仮にこれらの語を結びつけて認識したとしても,前記アないしオのとおり,需要者は,被告チラシや被告ウェブサイトにおける他の記載部分と相俟って,『塾なのに家庭教師』の語は,学習塾であるにもかかわらず,自分で選んだ講師から家庭教師のような個別指導が受けられるなどの学習指導の役務を提供していることを端的に記述した宣伝文句であると認識し,その役務の出所については『塾なのに家庭教師』の語から想起するものではないものと認められる。」として、「塾なのに家庭教師」の語は,これに接した需要者が即座に一定
の出所を想起するように使用されていることは明らかであるとの原告の主張は退けられ、被告による被告各標章の使用は、商標的使用に当たらないから、商標権の侵害行為又は侵害行為とみなす行為のいずれにも該当しないと判断しました。
結論
結局、商標的使用にならないためのポイントは、次のとおりです。
- 「商標的使用」でなければ商標権侵害にはならない
- 商標の機能は誰の商品・サービスなのかを識別させるところにある(自他商品等識別機能)
- 自他商品等識別に無関係な表示であれば「商標的使用」にあたらない
しかし、逆に言うと、これらを外れると商標的使用となり、商標権の侵害となりえます。
従い、商標等の実際の使用にあたっては、十分な調査や専門的知識と経験を持つ人のアドバイスを得ることが必要でしょう。